数ある名画の中でも、どうしても一度は描いてみたかった一枚。
フェルメールの《真珠の耳飾りの少女》
描き始める前、正直に言うとちょっと軽く考えていました。
「細かい描き込みがないから楽なんじゃね?」なんて。
でも、いざキャンバスに向かってみると、あの絵が“静かすぎて、深すぎる”理由が、少しずつわかってきました。
ただ、私の場合は猫なんですがね…『猫に真珠の耳飾り』

光が「差して」いるのではなく「満ちて」いる
フェルメールの絵を模写すると、まず驚くのは「光の存在感」です。
輪郭線で形を描くのではなく、光のグラデーションだけで立体を浮かび上がらせていく。
特に少女の頬のやわらかな明暗(描いてないけど)
これはもう、物理的な“光源”ではなく、空気そのものが発光しているような描き方でした。
フェルメールがカメラ・オブスキュラ(暗箱)を用いていたという説を思い出しながら描いていると、あの写真的ともいえるピントの合い方、ぼけ方にも納得がいきました。
青の深みが語りかけてくる
ターバンに使われているあの鮮やかな青――。
これは天然石のラピスラズリから作られたウルトラマリン。
当時は金より高価だったとか。
そんな貴重な青をこんなにも大胆に使っているのに、不思議と派手さはなく、むしろ“静寂の象徴”のように感じます。
私も模写ではあの青に近い色を出そうといろいろ混色しましたが、重ねても重ねてもあの「奥行きのある青」にはなりませんでした。
真珠は「描かない」ことで描かれていた
真珠の耳飾り。
この絵の象徴ともいえるあの一点。
でも実際には、フェルメールは輪郭をほとんど描いていない。
ちょっとした白のハイライトと、背景色との微妙なコントラストだけで、“そこに真珠がある”と人の目に錯覚させている。
描き込むほどに形が失われていく不思議な経験でした。
むしろ、余白と沈黙が、真珠を成立させていたんですね。
しかしながら、真珠というタイトルなので真珠と認識していますが、そのタイトルではなかったら材質が何なのか、いまいちよく分からないと思います。
私は今回、少女ではなく猫を描いたので、耳飾りの位置が高くなり、下のシャツの白が反射しない位置になってしまったのですね。
これは困った…なので自分なりに真珠を描いてみたのだけれど、予想以上に難しかったです。
⏳ 時間の流れがゆっくりになった
模写していて一番感じたのは、時間が止まっていく感覚でした。
描きながら、少女とこちらの視線が静かに交差し続ける。
彼女は何も言わないのに、ずっとこちらを見ている。
この静謐さと、空気の厚み。
フェルメールが日常の中に封じ込めた「永遠」を、ほんの少しだけ追体験できたような気がしました。
模写を通して見えてくるのは、技巧や色彩だけでなく、静けさを描くという美意識。
細部に宿る神を見つけるには、ただ鑑賞するよりも模写をする方が何倍も収穫がありますね。
上手く描けなくとも、発見できるだけで模写の意味があるのです。
フェルメールは一時代を築いた人で、後世に大きな影響を与えました。
影響を受けた人々が新たな境地を見つけ、またそこから影響を受けた人々が…と連綿と繋がっていく。
なので、最先端に生きている我々は教科書に溢れた恵まれた環境にいるわけですね!
また別の絵画の模写から学びたいと思います。
(ミケランジェロに挑戦中)


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